「Fantôme」宇多田ヒカル、を聴きました。拙いレビューですが書きます。
*未視聴で、先入観なしに聴きたい方はどうぞ読まないでください。
1.道
最初の一音、和音とリズムから、わくわくがはじまる。どうしようもなく胸がときめく。朝日が昇るのを誰も止められないように、心に光が満ちてくる。
これはなに?ハウス?ゴスペル?心地よいテンポに乗せて歌声が伸びてゆき、軽やかに歌詞が舞う。その歌詞には深く温かいものが流れている。まるで脈打つ心臓のように。赤い命の色。喜びの歌。暗い夜を越えて、一歩ずつ山を登ったひとに見える目の眩むようなパノラマビュー。広い広い世界が、両手を広げて待っている。ひとりじゃない。
あと、この曲のテンポ、速すぎなくてとてもいいと思う。
ぜんぜん違う曲なんだけど、ハウスの名曲アンダーワールドのtwo months off とか、コールドプレイのVIVA LA VITAを連想する。
アルバム全曲を通して、テンポが適切だと思う。とてもよく練られている。
2.俺の彼女
前曲とは一転して、暗いベースの響きに裸の声がいきなり乗っかる。平易な言葉で綴られた大人の男女のリリックの世界にぐーっと引きこまれる。それは昏く苦く甘く優しい。熱く芳ばしい珈琲のように苦いのにおいしい。
歌い上げないところがいい。若い頃の宇多田ヒカルならもっと咽び泣くような曲になったのではないか。
激しく求めているのにクールでビター。そこがまた狂おしく胸に迫る。歌詞の一部がなぜフランス語なのかわかる気がする。ハリウッド映画のようなハッピーエンドは求めていない。ありのままの男と女で、「触りたい」のだ。すれ違い、上っ面を整えているけれど。
「こうあるべき」男、「こうありたい」女、という虚像にがんじがらめになっていることを王様は裸、と指摘してくれている。
3.花束を君に
いい歌とは、なんだろう。胸にストレートに飛び込んでくる歌。そして同時に、いくつもの解釈ができる歌、ではないだろうか。
この曲は朝のドラマに使用された。いっけん幸せな歌に聴こえる。そう聴いてもいいと思う。あるいは花嫁を送り出す歌。涙をこらえてどこまでも優しく微笑んでいるような歌。しかし、今生の別れの歌、と聴くこともできる。宇多田ヒカルのあまりにも有名な偉大な歌手のお母さん、その波乱に富んだ人生、その人の娘として生きてきたこと、同じ歌手の道へ進んだこと、母の死。を思うと、幸せに裏打ちされている複雑で深い思いがみえてくる。
人生は葛折り、と歌ったのはシャンソンだったか。
こんなに優しい歌の花束を、手向けることができる宇多田ヒカルは素晴らしいと思う。
4.二時間だけのバカンス
優しく爪弾かれるギターからはじまるこの曲がはらむ苦い毒を、潔い狡さを、割り切れなさを、背徳を、まるごと甘い果実のようにかぶりついたなら、こぼれ溢れる蜜を手で拭うといい。大人にしか味わえないその味に、涙するといい。
一筋縄ではいかないのが、愛であり、人生なのだから。
宇多田ヒカルと椎名林檎の声質の違い、歌の表現の違い、異なる歌い手としての資質が、これほどまでに合うとは、誰が想像しただろう?奇跡のような、幸福な一曲。
キャッチーなのに、ずきずきと痛い曲。大人の覚悟は、涼しげな顔をしているのかもしれない。
5.人魚
美しいハープからはじまるこの曲は、スローテンポでシンプルな歌だ。歌詞も幻想的で美しい。小さな曲なのに、忘れられない面影をはらむ。宇多田ヒカルがこの歌の世界をとても大切に歌っているのがわかる。
とりあえず前半五曲について、書いてみました。どの曲も素晴らしくて、耳と目を釘付けにします。わたしはすでに何度も何度も、聴いているし、これからも聴くでしょう。
さらに後半がすごいのです。後半は大好きな曲、二曲あります。
よく、アルバムを評価するのに、捨て曲なし、という言い方をしますが、これはすべての曲が個性的で曲の水準が群を抜いていて、それでいて全体のバランスが素晴らしい。化け物のようなアルバムだと思います。
このアルバムに熱いレビューを書いて紹介して下さった、まりおさん、ありがとう!!!
↓まりおさんのレビューはこちらです。
http://onmusicloud.hatenablog.com/entry/2016/10/16/000733