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まんなか

こころの真ん中に届くこと、書きたい。

ある晩の酔っ払いが受けた祝福

かにちゃんさんのブログを読んで思い出した記憶を書く。

 

若い頃の私は、お酒が好きで、仕事でも趣味でもけっこう飲んでいた。今はほとんど飲まない。それでも味は好きだし、ごくたまに家や外で、家族や気のおけない友人と少しだけ飲むのは好きだ。

 

さて、若き日の私、はその晩も仕事を終えて上司や仕事のチームの方々と飲んでいた。まぁだいたい4軒目くらいだったと思う。いくつもある上司の行きつけのお店で、気づけば初めて会ったヤクザと銀座の恋の物語を歌っていた。そこへ至ったのはちゃんと理由があるのだがここには書かない。

歌も歌ったことだし、さんざん飲んだし、明日も仕事で、もう帰ることにした。みんなに挨拶をし、店を出た。上司は私を心配してくれて、だいぶ飲んでるよな。Oさん、悪いけど駅まで送ってやってよ。と一緒に人をつけてくれた。

いやいやいやいや、大丈夫ですから!Oさんいいですよ〜。と、私は言った。酔っ払いの大丈夫ほど当てにならないものはない。なんの根拠もない。私はご機嫌だったがもはやまっすぐに歩けなかった。Oさんは私の腕を取り、しっかり駅まで送ってくれた。ああ、Oさんがいてくれてよかった。

 

Oさんは当時の私より20歳ほど年上の男性だった。ほがらかで愉快な、苦労も楽しいことも知っている、優しい、仕事のできる人だった。中途入社の私を幾度も助けてくれた。仕事の大先輩としてとても尊敬していたし、頼りになる親戚の叔父さんのように、私は慕っていた。恋愛感情はお互いに一切なかった。Oさんはたぶんどんくさい姪っ子の面倒を見るような感じでわたしに接してくれていたのではと思う。

 

しかしながら、若い女と妙齢のおじさんが寄り添うというか体を支えて歩いているのである。恋人あるいは不倫カップルに見えなくもない。

 

Oさんに支えられながらふらふらと通りを歩いていると、背中から、「お幸せにー!」といきなり声をかけられた。振り向くと、ニコニコしながらなんともいえない男性が手を振っている。なんともいえない、というのは、見知らぬ人なのにその好意のむかってくる感じがまっすぐで邪気がなく、ほんとうに祝福してくれているのが伝わってきたからだ。ライスシャワーあびるときだってもっとドロドロしてるだろう、と思わせる爽やかさだった。わたしは酔っ払った頭で、ああいいものをいただいた。ありがとう!と思った。

 

Oさんはふふ、と笑って、「あの人おかまなんだよ。お店やってんの。」と私に言った。そうなんだ…とわたしはなんとなく納得した。そして嬉しくなった。その晩起きたこと、仕事に就くことができたこと、仲間に恵まれてること、いろんなことに感謝する気持ちがぶわっと押し寄せてきた。

 

ただそれだけの記憶である。わたしはその何年か後に仕事を辞め、お互いに何度か引っ越しをして、Oさんとの年賀状のやり取りも今は絶えてしまった。

 

それでもあの晩の記憶は、今でもわたしを温めてくれる。Oさんはきっともう覚えていないだろう。

いつかつてをたどって、Oさんの住所がもしわかったら、葉書を書きたいなと思ったりもする。

あれから時間もたちすぎて、いろんなことがありすぎて、何を書いたらいいのかわからないけれど。

Oさんに、そしてこれは叶わぬ夢だけれど、あの男性にありがとうを言いたいのは確かだ。